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アプリnovelnove交流による企画。

春お題小説 竹原ヒロさん

タイトル 巨影

 

  ‪23時‬を過ぎた城南公園、その中央に置かれたブランコに二人の少女がいた。
 正面右はジャージ姿。左は学校指定のセーラー姿で、各々好きなように揺れている。
 「今日も綺麗だね」と切り出したのはジャージの子。もう一人は揺れを止めて「何が?」と応える。
 「お星様」
 そう言われて引き寄せられるように上を見る。
 緊急計画停電の夜空には確かに、落ちてきそうな星の川が存在した。
 「ほんとだ。全然気づかなかったよ」
 でもその声に感情は見出せない。
 あまりにもぼけっとした物言いに思わず吹き出すジャージ。
 「えーwマジwwこんなにくっきり見えるのに気づかないなんて、りっちゃん明日眼下にでも行って来なよw」
 散々な言い方であるが、それに悪意が無いことをりっちゃんと呼ばれた少女は知っている。
 「酷いな!そんな言わなくてもいいじゃん」
 わざと不機嫌そうにゆらゆらと揺れる。
 ジャージ少女はそんなりっちゃんの反応にいつまでもけらけらと笑う。これが彼女の唯一の悪趣味なのだ。
 静かな公園に二人の声はよく響く。しかしそれを咎めるものはいない。まるで二人だけの世界だとりっちゃんは思った。
 「アキはさ」
 ちょっと躊躇うような雰囲気を醸す。
 「進路とか、将来とかどうするの?」
 「えぇ〜……それ今聞いちゃうかんじ?」
 気がついたら中学二年生になっていた。時間は何故早く感じるのだろう。
 アキと呼ばれた少女は大げさ気味に考える素振りをしてから、にっと微笑む。
 「まーよく考えてないけど……どうにかなるんじゃね!あとちょっとでバイトに行けるみたいだし!」
 あっけらかんと。本当に悩んでないかのようだ。
 「気楽だなぁ」
 「お気楽はあたしの本分だぜ!」
 「お、おう」
 困惑しつつもりっちゃんはそんな彼女の態度にどこか安堵感を得ていた。
 ブランコの軋みが耳に付く。
 「そういうりっちゃんはどうなの、何かなりたいものとかあるの?」
 しまった、と彼女は思った。何か適当に話題作りをしようと思ったら飛んだブーメランだ。
 りっちゃんは勤めて冷静な態度を保とうとしたが、じわりと汗のようなものが心を撫でて表情が徐々に引きつってゆく。
 そんな彼女に気づいているのか気づいてないのか、アキは期待の表情で返答を待つ。
 りっちゃんは焦る。
 プレゼントの話もしたいしどう返そうかと悩んで余計に考える内に色んな嫌な事も思い出す。彼女の悪い癖だ。
 頭を軽く振って記憶を追い出した。
 「何になりたいんだろうね」
 やっと捻り出せたのは自虐的な響きだった。
 「ちょちょーい!wこっちに振っておいて、考えとらんのっかーいっ!ww」
 神妙な雰囲気になりそうだと察してアキは大げさに反応したが、彼女は乗らない。
 気まずさから逃げる為にりっちゃんは揺れ始め、彼女の反応を待つ為にアキもつられるようにゆらゆらと揺れ始める。
 ゆあーんゆよーん。
 横から見る二人は重なったり離れたり。
 ゆあーんゆよーん。
 アキはより大きく揺れる。夜空へと近づいたり、離れたり。
 そのまま蹴り出したらどこかへ飛んで行ってしまいそうだ。
 ゆやゆよん
 とん、とりっちゃんの揺れがやっと止まる。
 「例えばさ」と彼女はブランコから降りて近場にある自身の鞄からそれを取り出しアキの元へと運ぶ。
 「こんなの作ってみた」とアキの揺れが止まってから、スマホの明かりでそれを照らす。
 「これって押し花?」
 「そう、ゼラニウムって花が入っているの!」
 圧縮されたゼラニウムは明かりを受けて、まるで発光しているかのようにその赤い美しさを留めている。
 「例えば、こういうのを作る職人になってみたいなー…って」
 りっちゃんは彼女の目を見ずに告げる。
 取り繕うような言葉だったが、りっちゃんは返答のパターンを幾つか用意する。
 ちょっと子供っぽいか。
 中学生で花なんて。
 親にもまだ言えてないし。
 もちろんちゃんと就職してから趣味でやる程度に。
 まだ中学生だし。


 何でお母さんの言うことを聞いてくれないの!


 「良いじゃん!よく知らないけどさ、こういうのって難しいんでしょ?こんなに綺麗にできてるんだから、もっと頑張ればもっと良いものができるよ!」
 それは予想内の反応だったが、だからこそ、暖かさが流れ込む感覚がして彼女の膠着した頬が緩んだ。
 「うん……やってみるよ!」
 彼女はこの安堵感が好きだ。
 そして、これからもこのままでいたいとまた願った。
 スマホの明かりが消える。
 先ほどよりも夜が暗く感じる。
 「これ実はアキへのプレゼントなんだ。この前の誕生日に渡せなかったから」
 回り道をしてしまったがようやく本題を切り出す事ができた。
 「えっ、マジ!?ありがとう!」
 アキは喜んで受け取ろうとするが、すぐにはっとして手を引く。
 「でも……とりま用事が終わってからかな」
 りっちゃんの顔が少し曇る。
 暗闇に慣れていたら気付かれていたかもしれない。
 「……そうだね。アキの用事が終わったら渡すね」と彼女はスカートのポケットにそれを仕舞い、またブランコへと戻る。
 ゆあーんゆよーん。
 また近づいたり、離れたり。
 でも揺れているのはりっちゃんだけだ。
 幼稚園の時から二人は一緒だった。
 時には喧嘩したり、仲直りしたり、勉強したり、困ったときは相談しあったり。
 アキが学校を通わなくなってからもずっと良い友だちだ。
 大きく変わってゆくのは、今はブランコとベンチしか残っていないこの公園と、母親の存在だけだとりっちゃんは思っていた。
 「もし」とまた切り出したのはアキだった。
 「次も上手くいかなかったら、みんなに打ち明けようと思う」
 「そんなの駄目だよ」とりっちゃんは咄嗟に口走るが、何故そんな言葉が出たのか自分でも理解出来ていなかった。
 また取り繕うように「アキが何処かへ行っちゃったらみんな悲しむよ」と続ける。
 少女は悲しく微笑む。
 「私一人だけの問題じゃない……その、みんなにとっての問題だよ」
 その中に私もいるでしょ、とりっちゃんは思って、そのあまりに酷い考え方に背筋が凍り何も言えなくなった。
 何も変わらないと思い込んでいたのに、去年の出来事で関係は大きく変わってしまった。
 「ごめんね。あたしこう見えて我儘なんだ」
 無言。
 「ちょっとー、そこはみたまんまやんけー的なやつで突っ込むところでしょ?www」
 無言。
 何も言えない自分に怒りがこみ上げる。
 「ま、兎にも角にもさ。私はもう決めたんだ」
 「それでも」と、りっちゃんの口がやっと開いたその時、地面が大きく揺れた。
 彼女の言葉は途切れ、二人はブランコから降りその場にしゃがみ込む。
 続けて地割れのような咆哮が轟く。
 りっちゃんは歯軋りをした。
 揺れがある程度収まったところでアキは立ち上がり、いつの間にか暗かった空の向こうに赤い光が立ち登っていることに気づく。
 それはあまりにも非現実な巨大な影。しかし、現実として立ちふさがる世界の問題である。
 りっちゃんはアキに視線を向ける。
 彼女の目はやはりあの光の向こうへと向いていた。
 「思ってたより早かったね」とアキはジャージポケットから青い光を放つ石を取り出す。
 りっちゃんはそれを疎ましい目で睨んだ。
 しかしアキが気付く事はない。
 彼女は駆け出す。
 二人の間が急激に離れて行く。
 先に行ってしまう。
 私の知らないところに行ってしまう。
 「アキコ!」
 彼女はおもわず名前を叫んでいた。
 でもわがままが言える状況ではない。
 取り繕わない本音を、変わらない言葉を投げかける。
 「……気をつけてね!」
 彼女もまた変わらず、にっと太陽のような笑顔をこちらへ向けた。
 
 まだ何も知らない子供が「アスター」と呼ばれる光の巨人になったのは去年のちょうど今頃、四月のことだった。