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春お題小説 ユリア

移動銭湯屋サハラ〜死神様の約束〜 「擬人化の薬?」 「そ、対物用暗示ペンさ」 サハラの問いに魔界の商人ヒイルは自信気に答える。 「例えば、そうだねーー」 緋色の緩くウェーブの掛かった髪を掻き上げ、ヒイルは灰色のっぽの煙突ボウの前に立ち、 「君はただの煙突では無い、素敵な青年だよ」 ペンをマイクのように向ける。 もわんと音波の様なものをサハラは感じ、目を細める。次の瞬間、 「これは……」 全裸の筋肉質な美丈夫が困惑して手足を眺めていた。 「もしかして、ボウ?」 「はい。サハラ様」 犬の様な懐っこい笑顔を向けられ……直視できない。 「えっと、お互い積もる話もありそうだけど」 ひとまず服を着てくれるかな?ーー移動銭湯屋サハラ、家族同然の付き合いとは言えど異性の裸には赤面を隠せない。まだまだ少女だ。 *** 移動銭湯屋のサハラは、丸っこい謎多き使い魔のザードと歩く煙突のボウとで旅をしている。 南東の蒸暑い石造りの町。白いテントの露店が並ぶ通りには、南国の珍しいフルーツも売られていて目移りしてしまう。 「ボウが長身のイケメンだったなんて!」 なんだか悔しいでござる!と短い手足で地団駄を踏みながら歩くザード。丸い茄子がピエロの二股帽を被ったような容姿なのに、器用だなとサハラは密かに感心する。 「それにしても、その服似合ってるね」 ボウは深緑に染まる布を身にまとう。手触りが良く丈夫な生地の所々には、小さな花の刺繍やタッセルの房飾りがあしらわれている。 「ありがとうございます。生地の裏は黄色いんですよ」 ボウが首元の布を折り返すと、山吹色の生地が見える。 「本当だ。かぼちゃ色だね」 サハラが微笑む隣から、かぼちゃ⁉︎と食い意地の張っているザードの声がして、続けてごんっと鈍い音が耳に届く。 「え!」 驚いて横を向くと、道端に飾られたザードの背丈よりも大きなかぼちゃに激突した様子の彼が転がっていた。 *** 「もうすぐ秋の慰霊祭なんだよ」 ザードがぶつかったかぼちゃお化けがある八百屋のおやじさんはサハラ達に教えてくれた。 「ハロウィンって事かな」 以前訪れた他の街では、丁度ハロウィンの真っ只中だった。サハラ一行は、お化けに扮した人々にこれでもかと言う程に脅かされたのだが、それも懐かしく思えるようになってきた。 おやじさんはサハラの思い出話を興味深そうに聞いていたが、 「でもまあ、やっぱりこの街のはお化けじゃないんだよな」 「慰“霊“祭なのに?」 どんな行事なのかとサハラは首を傾げる。 「ああ」 おやじさんは子どもの丈ほどの大きなカボチャのお化けの置物をぽんぽんと撫でながら言う。 「うちんとこは“死神様”が来るんだ」 「死神様……」 「そっ。狩られた魂がこの世に戻って来る事への祭さ」 ドーーーーン!!ーー建物が破壊されるような爆音がサハラ達の耳に響いた。 *** 「これは……」 市場から離れた国境沿いへ向かったサハラ達。 「建物が跡形も無いでござるー!」 白い巨塔の崩壊がー、砂上の楼閣がー、と謎のフレーズを喚くザード。この一角だけ戦争でもあったかのような白いコンクリートの瓦礫が不自然な沈黙を生み出していた。 「あれは……」 「ボウ?」 何かを見つけたようなボウにサハラが尋ねるよりも早く、ボウは瓦礫を飛び越えて崩れかけの廃墟へ姿を消した。 *** 僅かに1階部分のみ残った廃墟。風通しを良くする為に格子状の高窓を多く取り入れている為か、薄く陽の光が差す。ボウはある少女の後ろを黙々と追いかけていた。 「……」 「……」 「…………」 「…………」 サハラよりもやや背は低いながらも巨漢のボウの歩みと同じペースで機敏に歩いている。ショートに切り揃えた白味の強いアッシュグレーの髪に、黒を基調としたタイトデザインの服。大人びた風格の少女は、チェーン式のモーニングスターと大鎌が一体化した武器を軽々と背負っており、さながら戦士のようである。 「君は誰?ここで何を……」 「私に構うな」 「もしかして死神様?」 ぴたりと少女が足を止めた。 *** 「うーーーん」 サハラは瓦礫の山を見て腕を組んでいた。ボウが駆け出す直前、サハラは一瞬だけ大きな武器を背負う人影を見た気がするのだ。小柄な人影と同じだけ大きな鎖鎌を持つ姿はどこか孤独と神々しさを感じて。 「“死神様“だと思った?」 「うん……うん?」 うわあああ!!急に背後から顔を覗き込まれて思わず悲鳴を上げるサハラ。燃え盛る炎のようなサラサラの髪にルビーのような瞳が悪戯っ子の煌めきを放つ。 「ヒィルさん?」 「ヒィルでいいよ」 彼から対物用暗示ペンを買わされてから、「他にも営業に行く」と言い別れたのだが。 「サハラに会いたくなってね」 さらりとサハラの首に腕を回すヒィル。 「はぁ……って、え?」 困惑するサハラは気付くと彼に抱き抱えられている。 「あの、ヒィル?」 「セクハラでござるよ!」 「飛ぶよ」 戸惑い憤慨するサハラやザード達に説明は後でね、と言うやいなや瓦礫の山を飛び越える。 「死人を出したくないでしょ?」 「え?」 ヒィルの表情は飄々として、冗談なのか判別できない。 「魔物君は自分でおいでね」 置いてけぼりなり〜!ーーザードの悲鳴が天に響く。 *** 「私はシヴァ。この街の死神の一人だ」 「他にも仲間がいるの?」 ボウの問いにああ、と頷く。 「仲間だったんだ」 シヴァはぽつりぽつりと昔話を聞かせる。 自分が孤児である事。ある国の暗殺者として育った事。そこで出会った仲間の死神の事。 「私が破壊して、ブラフが創る。ヴィシュヌが維持して三人で一緒だった」 「シヴァにとって大切な存在だったんだね」 「二人がいれば何も要らなかったのに」 シヴァは俯き唇を噛む。マゼンタの瞳が揺らいでいる。 三人が死神様として街で暗躍していたある時、ブラフが命を落とした。心の支えを失い、死神はバラバラになった。 「私がしっかりやっていたらブラフは死ななかった」 「シヴァ……」 そこに立つのは死神ではなく、ボウの主人と同じ年相応の少女だった。 「そうだね。存在価値を失った死神は死を待つばかりだ」 「!」 突如響き渡る無機質な声。シュンッと風を切る音にボウは反射でシヴァを突き飛ばす。 「くっ……」 矢羽が刺さった腹部から滲む血が深緑の衣装を暗く湿らせる。 「どなたか知りませんが、無駄な仕事を増やさないでもらえますか」 薄くシアンが混じる髪を後ろで束ねた男性が冷ややかな青い目で見下ろしている。手にはボウガンを握り次の弓を構えている。 「ヴィシュヌ……」 「最近好き勝手やってるみたいだけど、上は君が敵に寝返ったと見なしたようだよ」 「そんなつもりは!」 「三人で分担制をしていたけれど、君を射止めるぐらいの実力は俺にもあるからさ」 さようならーーヴィシュヌが弓を離そうとした刹那。 「ええーい!サハラパンプキンシューート!!」 どこからか大型の赤かぼちゃがヴィシュヌ目掛けて飛んできた。 *** 蹴り込まれたパンプキン。何が起きたかボウは理解が追いつかない。 ヴィシュヌは向かってきた大きなかぼちゃを軽々と避ける。 「弓を避けるのより簡単なんだけれど」 「と思わせての不意打ちドン」 別の声が聞こえた次の瞬間、ヴィシュヌの頭上から赤い魔法陣から転移したかぼちゃがヒットした。 「なっ?」 一部始終を見ていたボウの方が目を逸らしたくなる鈍い音を立て、ヴィシュヌが崩れ落ちる。 「グラヴィティ マイン」 高らかな宣言の後、空気が重量を増す。ボウは顔を上げる事が出来なくなる。 「暴れられると話が出来ないので、ちょっと重力をジャックしました」 声の主は軽い調子で言う。 「ヒィル……私達も頭割れそう」 「それは大変☆」 重力の拘束で地面に伏せているサハラの、気力を振り絞っての直訴に、ヒィルはウインクを返した。 *** 「やはり人間は重力に弱いねー」 ヒィルは自らの魔法を加減して、サハラ達が起きていられるようにした。 「ここは人間界なので」 サハラのツッコミをスルーし、シヴァの前に立つヒィル。シヴァの脇腹を突き刺した矢を見る。 「俺の登場が遅れて掠っちゃったね」 わざと遅れたと言っているようにも聞こえたが呼吸が荒くなっているボウは見守るしかできない。 「これくらい大した傷じゃ」 「ねーこれ何の毒ー?」 シヴァの言葉を遮り、ヒィルは頭だけヴィシュヌを向く。ヴィシュヌは答えない。 「まあ国の暗殺技術の流失を阻止する為に用意した毒なら新種でも普通か」 再びシヴァを覗き込むヒィル。 「助けてあげるからさ、俺のとこ来ない?」 「助けなど、不要だ」 毒の影響か浅い呼吸で淡々と返すシヴァ。獣のような尖った視線に「そう」と意に介さず彼は続けた。 「でも君の為に瀕死になっているそこののっぽ君の事は別でしょ?」 ボウに視線が注ぎ、顔を歪めるシヴァ。 「仕事以外の死人は出さないっていうのが君らの約束なんだよね」 「「ーー!!」」 その一言にシヴァだけではなくヴィシュヌまで表情が強張った。 「その話、なんでっ」 重力を振り切り掴みかかりそうな勢いのシヴァから立ち退くヒィル。 「うーん……聞いたんだ。“彼に“」 視線の先にあった物は、 「かぼちゃ?」 サハラパンプキンシュートで活躍してそのまま転がっていた野菜であった。 *** さて、とヒィルが取り出したのは 「対物用暗示ペン?」サハラが答える。先程ボウに使ったのを覚えている。 「正解」 青い筒の万年筆をかぼちゃに向ける。 「提灯かぼちゃに宿ったおばけ君、姿を見せてくれる?」 問い掛けと同時にパンプキンが淡い青緑の光を放ち、ゆっくりと光の欠片が形を成していく。 「ブラフ……」 「人の霊魂は脆いから気をつけて」 言葉を失うシヴァとヴィシュヌにヒィルが促す。 二人がブラフの元に揃うと、青白い光が優しく包み込んだ。 *** この街の慰霊祭には言い伝えがある。かぼちゃで作った提灯飾りの灯りは魔を払い、あの世から戻った霊が現世でしばし留まる仮の宿になる、と。 『ーー僕も生前は信じてなかったけれどね』 突然姿を現したかつての仲間は開口一番、信じがたい話をした。 『二人に辛い思いをさせてごめんね』 「「ブラフが謝る事じゃない!」」 シヴァとヴィシュヌの声が被る。息ぴったりの様子にブラフは黄色い瞳を細めてくすりと笑う。 「僕は二人と違って戦闘スキルは元から高くなかったからさ」 ブラフが過去を思い出すようにぽつりと語る。破壊を得意とするシヴァは、その細身から信じられないようなパワーで自身より大きな武器を振り回す。維持のヴィシュヌは計算力はもちろん、ボウガンでの遠距離攻撃でシヴァと互角の戦力になっていた。対するブラフは潜入や薬の調合等、何かを創造する能力に長けていた。戦闘場面で対象と殺り合う際のリスクが高い事は想定していた。 「あっさり死んじゃったのは不覚だったけれど」 二人は黙ってブラフの続きを待つ。 「僕が逝って、二人の事だけが気掛かりだった」 未練を抱いたまま彷徨っていたブラフ。偶然出会った魔界の商人ヒィルに協力を求めたのであった。 「全部済んだら僕の魂を好きにしてくれって言ったらさ、何て言ったと思う?」 「……さあ」 「『要らない。それより暗殺者達を引き抜かさせてくれる?』だって」 「国の死神を奪って何するつもりなの、そいつ」 ヴィシュヌは呆れる。まだ子どもとはいえ、国家転覆の暗殺にも携わった事のある彼らをどうするつもりなのか……三人とも予想がつかない。 「変な人だった」 「でもこの国の汚れた大人よりは悪くないと思うよ」 ブラフは二人を真剣な面持ちで見る。 「もうここを出て行ってもいいと思う」 「外に死神の生きる世界なんてないかもしれない」 シヴァが珍しく弱音を吐く。ヴィシュヌもブラフ亡き今、生き方を変える決断に戸惑う。 「出て何の意味があるの」 「何の意味も無いかもしれない」 「「は?」」 ブラフは真面目な顔のまま答えるので、二人は目が点になる。 「でも、今の無意味な生き方に飽きてるだろう?」 変わるチャンスが目の前にあるんだとブラフは続ける。 「僕がいられないのは歯痒いけれど……二人には後悔しない道を歩んで欲しい」 行かないで……俯きがちにシヴァが呟く。 「慰霊祭の頃にはこちら側で見ているからさ」 「それ以外は見守ってくれないのか」 ヴィシュヌが含みのある言い方をする。 「そうじゃない事くらい君もよく分かっていると思ったんだけれど?」 当然だと短く答えるヴィシュヌ。ブラフの光が薄く透け始め、泣きたい気持ちになるのをぐっと堪える。 「今までありがとう」 清々しい笑顔で別れを告げるブラフに、あの〜とムードを粉砕する陽気な声が入る。 「俺のとこに移籍する話は纏めてくれた?」 「……まあ、はい」 空気を読まない魔界人に引く二人はもちろん、ブラフまで苦笑いを浮かべる。 「それは良かった」と三人に握手を求め、立ち去ろうとする。 「ああそうだ」 大した事なさそうな口ぶりでヒィルは振り返る。 「暗示ペン、まだ試作品なんで。また改良品を作ったらテストお願いさせてね」 「それって……」 三人は顔を見合わせる。緋色の商人はもう振り向かず歩き始めていた。 *** 「いやぁ、いい働きをしてしまったなぁ」 気持ち良く伸びをするヒィル。廃墟から脱出したサハラ達を結局お留守番となったザードが涙で迎える。 「悪魔のくせに気取り過ぎでござる!」 「褒め言葉どうも」 言葉ではヒィルに敵わないと思ったのか、「ふん!」と怒りの矛先を回復したばかりのボウに向ける。 「ただの煙突のくせに勝手にいなくなったり死にかけたりするな」 「……ごめん」 普段の甲高いござる口調と真逆で低音のザードの雰囲気。心配を掛けてしまった事をボウは素直に詫びる。 「ボウを治療してくれてありがとう」 サハラは改めてヒィルに感謝を伝える。 「わぁい。ついでだったのにサハラに貸しを作っちゃった」 お礼に今から二人の貸切湯でもどう?ーーするりと首に回り込む腕に戸惑うサハラ。 「私はいいや」 「遠慮するサハラもいいね」 「サハラの処女はお前にはやらんでござる!」 「ちょっ、さりげなくなんて嘘言うのよザード君!」 家族のような大切な仲間。心安らぐ時間があってほしいとボウは願った。 ーーボーーン! 「うわ、なに?」 「あ、煙突君に掛けた暗示の効果が切れたみたい」 「「いまーー??」」 天に突き抜けるような長い煙突は、数刻ぶりの姿での再会にボウ、と鳴いた。

春お題小説 竹原ヒロさん

タイトル 巨影

 

  ‪23時‬を過ぎた城南公園、その中央に置かれたブランコに二人の少女がいた。
 正面右はジャージ姿。左は学校指定のセーラー姿で、各々好きなように揺れている。
 「今日も綺麗だね」と切り出したのはジャージの子。もう一人は揺れを止めて「何が?」と応える。
 「お星様」
 そう言われて引き寄せられるように上を見る。
 緊急計画停電の夜空には確かに、落ちてきそうな星の川が存在した。
 「ほんとだ。全然気づかなかったよ」
 でもその声に感情は見出せない。
 あまりにもぼけっとした物言いに思わず吹き出すジャージ。
 「えーwマジwwこんなにくっきり見えるのに気づかないなんて、りっちゃん明日眼下にでも行って来なよw」
 散々な言い方であるが、それに悪意が無いことをりっちゃんと呼ばれた少女は知っている。
 「酷いな!そんな言わなくてもいいじゃん」
 わざと不機嫌そうにゆらゆらと揺れる。
 ジャージ少女はそんなりっちゃんの反応にいつまでもけらけらと笑う。これが彼女の唯一の悪趣味なのだ。
 静かな公園に二人の声はよく響く。しかしそれを咎めるものはいない。まるで二人だけの世界だとりっちゃんは思った。
 「アキはさ」
 ちょっと躊躇うような雰囲気を醸す。
 「進路とか、将来とかどうするの?」
 「えぇ〜……それ今聞いちゃうかんじ?」
 気がついたら中学二年生になっていた。時間は何故早く感じるのだろう。
 アキと呼ばれた少女は大げさ気味に考える素振りをしてから、にっと微笑む。
 「まーよく考えてないけど……どうにかなるんじゃね!あとちょっとでバイトに行けるみたいだし!」
 あっけらかんと。本当に悩んでないかのようだ。
 「気楽だなぁ」
 「お気楽はあたしの本分だぜ!」
 「お、おう」
 困惑しつつもりっちゃんはそんな彼女の態度にどこか安堵感を得ていた。
 ブランコの軋みが耳に付く。
 「そういうりっちゃんはどうなの、何かなりたいものとかあるの?」
 しまった、と彼女は思った。何か適当に話題作りをしようと思ったら飛んだブーメランだ。
 りっちゃんは勤めて冷静な態度を保とうとしたが、じわりと汗のようなものが心を撫でて表情が徐々に引きつってゆく。
 そんな彼女に気づいているのか気づいてないのか、アキは期待の表情で返答を待つ。
 りっちゃんは焦る。
 プレゼントの話もしたいしどう返そうかと悩んで余計に考える内に色んな嫌な事も思い出す。彼女の悪い癖だ。
 頭を軽く振って記憶を追い出した。
 「何になりたいんだろうね」
 やっと捻り出せたのは自虐的な響きだった。
 「ちょちょーい!wこっちに振っておいて、考えとらんのっかーいっ!ww」
 神妙な雰囲気になりそうだと察してアキは大げさに反応したが、彼女は乗らない。
 気まずさから逃げる為にりっちゃんは揺れ始め、彼女の反応を待つ為にアキもつられるようにゆらゆらと揺れ始める。
 ゆあーんゆよーん。
 横から見る二人は重なったり離れたり。
 ゆあーんゆよーん。
 アキはより大きく揺れる。夜空へと近づいたり、離れたり。
 そのまま蹴り出したらどこかへ飛んで行ってしまいそうだ。
 ゆやゆよん
 とん、とりっちゃんの揺れがやっと止まる。
 「例えばさ」と彼女はブランコから降りて近場にある自身の鞄からそれを取り出しアキの元へと運ぶ。
 「こんなの作ってみた」とアキの揺れが止まってから、スマホの明かりでそれを照らす。
 「これって押し花?」
 「そう、ゼラニウムって花が入っているの!」
 圧縮されたゼラニウムは明かりを受けて、まるで発光しているかのようにその赤い美しさを留めている。
 「例えば、こういうのを作る職人になってみたいなー…って」
 りっちゃんは彼女の目を見ずに告げる。
 取り繕うような言葉だったが、りっちゃんは返答のパターンを幾つか用意する。
 ちょっと子供っぽいか。
 中学生で花なんて。
 親にもまだ言えてないし。
 もちろんちゃんと就職してから趣味でやる程度に。
 まだ中学生だし。


 何でお母さんの言うことを聞いてくれないの!


 「良いじゃん!よく知らないけどさ、こういうのって難しいんでしょ?こんなに綺麗にできてるんだから、もっと頑張ればもっと良いものができるよ!」
 それは予想内の反応だったが、だからこそ、暖かさが流れ込む感覚がして彼女の膠着した頬が緩んだ。
 「うん……やってみるよ!」
 彼女はこの安堵感が好きだ。
 そして、これからもこのままでいたいとまた願った。
 スマホの明かりが消える。
 先ほどよりも夜が暗く感じる。
 「これ実はアキへのプレゼントなんだ。この前の誕生日に渡せなかったから」
 回り道をしてしまったがようやく本題を切り出す事ができた。
 「えっ、マジ!?ありがとう!」
 アキは喜んで受け取ろうとするが、すぐにはっとして手を引く。
 「でも……とりま用事が終わってからかな」
 りっちゃんの顔が少し曇る。
 暗闇に慣れていたら気付かれていたかもしれない。
 「……そうだね。アキの用事が終わったら渡すね」と彼女はスカートのポケットにそれを仕舞い、またブランコへと戻る。
 ゆあーんゆよーん。
 また近づいたり、離れたり。
 でも揺れているのはりっちゃんだけだ。
 幼稚園の時から二人は一緒だった。
 時には喧嘩したり、仲直りしたり、勉強したり、困ったときは相談しあったり。
 アキが学校を通わなくなってからもずっと良い友だちだ。
 大きく変わってゆくのは、今はブランコとベンチしか残っていないこの公園と、母親の存在だけだとりっちゃんは思っていた。
 「もし」とまた切り出したのはアキだった。
 「次も上手くいかなかったら、みんなに打ち明けようと思う」
 「そんなの駄目だよ」とりっちゃんは咄嗟に口走るが、何故そんな言葉が出たのか自分でも理解出来ていなかった。
 また取り繕うように「アキが何処かへ行っちゃったらみんな悲しむよ」と続ける。
 少女は悲しく微笑む。
 「私一人だけの問題じゃない……その、みんなにとっての問題だよ」
 その中に私もいるでしょ、とりっちゃんは思って、そのあまりに酷い考え方に背筋が凍り何も言えなくなった。
 何も変わらないと思い込んでいたのに、去年の出来事で関係は大きく変わってしまった。
 「ごめんね。あたしこう見えて我儘なんだ」
 無言。
 「ちょっとー、そこはみたまんまやんけー的なやつで突っ込むところでしょ?www」
 無言。
 何も言えない自分に怒りがこみ上げる。
 「ま、兎にも角にもさ。私はもう決めたんだ」
 「それでも」と、りっちゃんの口がやっと開いたその時、地面が大きく揺れた。
 彼女の言葉は途切れ、二人はブランコから降りその場にしゃがみ込む。
 続けて地割れのような咆哮が轟く。
 りっちゃんは歯軋りをした。
 揺れがある程度収まったところでアキは立ち上がり、いつの間にか暗かった空の向こうに赤い光が立ち登っていることに気づく。
 それはあまりにも非現実な巨大な影。しかし、現実として立ちふさがる世界の問題である。
 りっちゃんはアキに視線を向ける。
 彼女の目はやはりあの光の向こうへと向いていた。
 「思ってたより早かったね」とアキはジャージポケットから青い光を放つ石を取り出す。
 りっちゃんはそれを疎ましい目で睨んだ。
 しかしアキが気付く事はない。
 彼女は駆け出す。
 二人の間が急激に離れて行く。
 先に行ってしまう。
 私の知らないところに行ってしまう。
 「アキコ!」
 彼女はおもわず名前を叫んでいた。
 でもわがままが言える状況ではない。
 取り繕わない本音を、変わらない言葉を投げかける。
 「……気をつけてね!」
 彼女もまた変わらず、にっと太陽のような笑顔をこちらへ向けた。
 
 まだ何も知らない子供が「アスター」と呼ばれる光の巨人になったのは去年のちょうど今頃、四月のことだった。