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三題お題小説 はいぱーゆりあさん

移動銭湯屋サハラ〜千夜一夜のレモン湯〜

 


砂漠といえば冷たいオアシスやラクダがイメージされるかもしれないが、今回は違う。ーー砂漠に温泉とクジラである。 電柱のような煙突が天高く聳え立ったいる。何処まで続くのかと見上げ過ぎて、首が痛くなった。ボウ、と一つ蒸気音。彼が上空から心配している様子が伝わる。 「へへ。ありがとう」 歳に見合わず幼い笑みを浮かべる黒髪の女性ーーサハラは、後ろを振り返る。 「ザード君、鞄出して」 「合点なり!」 小さなパートナーから合皮のトランクを受け取ると、その場で中を確認する。小瓶に入った様々な液体がベルトで固定されている。一見すると香水の見本のように見えるそれは、大切な商売道具。 「次の街に着いたら、レモンを買って精製作業だね」 サハラは移動銭湯屋。煙突のボウが沸かした湯にオリジナルの入浴剤を入れ、客の疲れを癒やすのである。 「レモンの湯は美味しそうで、元気が出るのである!」 「だよねぇ。あの子も今頃元気にしているといいなぁ」 「おっぱいのお姉ちゃんですな!」 ザードは子どもらしい無邪気な笑顔で賛同する。 「……女性を胸で一括りにするのはどうかと思うよ」 「おっぱいがあると女と見分ける!拙者、習いました!」 ザードは熱く拳を握る。 「誰に教えてもらったのよ」 女の子が好きな健全な男児の反応なのだが、目の前にいる女性ーーサハラは視界から外れているようで、少々もやもやする。ボウ……、慰める様にボウが静かに鳴いた。 ❇︎❇︎ 砂漠の昼間は常に熱い。夜になれば暑さが和らぐものの、何の準備も無しに砂漠に足を踏み込む行為は死の川に両足を突っ込むようなものである。 彼女を見つけたのはザードだった。 「姉者殿、何か落ちているである!」 言うやいなや小猿のように駆けて、物体へ近づいた。ーー少女クジラ(仮名)との出会いであった。 ❇︎ 「……許されざる罪を犯しました」 サハラからのレモネードを飲み干したクジラが 、コップを固く握り、俯きがちに口を開いた。 サハラは静かに耳を傾ける。 「私の故郷では、捕鯨が禁止されています」 乱獲で個体数が減った生物にはよくある話である。だがクジラの故郷では鯨に関する禁止事項が多く、破った際の罰則も酷く重たいのだという。 「紛争が続き、食料が底をつき……私は、私は……」 ボウ……。温かな蒸気に音をのせ、ボウが湯を沸かした。唇を噛む少女の肩に手を置いてサハラは声を掛ける。 「続きはお風呂の後にしましょう」 ❇︎ 「拙者がお背中お流し致しまする〜!」 食い下がるザードを軽く遇らい、移動温泉の周りに簡易の衝立を設置する。湯の担当は同性が対応する原則である。ボウーー遥か上空からボウの蒸気音が静寂の空間に響く。 「許可無く鯨を食べると死罪なんです」 鯨肉は共有の資産。かつて調査用に捕獲した鯨の飼育がクジラの仕事であった。 鯨の繁殖に成功し、安定した食料を確保する夢の為に。クジラの故郷の人々にとって、鯨は神聖であり、必要不可欠な存在である。 「鯨って大きいでしょう?飼育に莫大な手間が掛かるの」 未来の食糧として保護される鯨と、目の前で飢餓に飢える人々。どちらかを秤にかけて見捨てなければならない現状に、クジラは頭を抱えていた。 「今鯨を食べる事で、将来どれくらいの損害が出るかは分からない。それなら、って」 鯨の飼育員の権限で、人々に鯨肉を分け与えたそうだ。結果、クジラは故郷に居られなくなった。 「未来ではなく、目の前の人を選んだのね」 サハラの言葉にクジラが頷く。 「死をもって償うべきなのに、逃げてきちゃった」 狡いよねーークジラの笑顔は塩水に濡れそうだ。 「一連の選択が正しかったかどうかは、今はまだ、誰にも分からないけれど」 サハラは黙ってレモンの湯を掬い、クジラの細い肩に流した。 「貴方と出会えた事を私は嬉しく思うな」 湯船に浮かぶレモンを手に取る。 「レモンは果実の方にも花言葉があるのだけれど……」 今日の風呂に合っているわ。人々を救けた熱意の持ち主は差出されたレモンを受け取り、柔らかい表情を浮かべるのだった。 ❇︎❇︎ ボウ。背高のっぽの彼が一足先に、街の入り口を見つけて知らせる。 「拙者、姉者殿があのレモンを丸々差し上げたのがびっくりでござった」 ザードが口を開く。確かに、レモンは決して安くはない。サハラのように移動営業をする者にとっては尚更である。それでも。あの果実が彼女の門出の餞になれば、やはり嬉しいのだーーと言葉を返そうとしたサハラだったが。 「姉者殿が余程大事に取っておいたから……胸に入れる用だったのかと」 何を誰が。返答次第では丸っとしたザードのボディーに、サッカーよろしくサハラシュートが見舞われる事になるのだが……語るまでも無い。