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アプリnovelnove交流による企画。

三題お題小説 なるばなな

「せーのっ!」

透き通るような青い空の下、ふたりの少女が手を繋いでジャンプした。
そのタイミングでシャッターの音が鳴る。

「どう!?とれた!?」

ふたりの年頃は、まだ片手で数えられるくらい。
撮れたよ。可愛いね。
そう言ったはずの声はこの子たちには届かないから、そっと微笑んで、近寄ってきたふたりにケータイの画面を見せた。

「とれてる!」
「とれてるね!」

にーっと歯を見せて笑うふたりは、そっくりな見た目をしている。恐らく双子なのだろう。
半年くらい前からか、私の散歩コースにある川の土手に、よくこのふたりが遊びに来るようになった。
来る時間が被っているのか、最近はほぼ毎日のように会う。
お母さんはどこにいるの?とか、よく遊びにきてるね、ここ好きなの?とか、色々聞きたいことはあるが、生まれつき声の出ない私には、ふたりのことを何も知ることができなかった。
わかっているのは、写真を撮るのが好きなこと。晴れた日が好きなこと。フルーツのキャンディが好きなこと。赤色の靴を履いた子は、犬が少し苦手なこと。黄色の靴を履いた子は、動物が好きなこと。
こうやって考えてみると、結構たくさん出てくるものだ。
「れもんのおねえさん、ありがとう!」
「れもんのおねえさん、またね!」

今日も少女たちは、手を繋いで帰っていった。
れもんのおねえさん、と呼ばれているのは、多分私が酸っぱい柑橘系の香水をつけているからだろう。レモンではなかったと思うのだけど。

次の日も、少女たちはそこに居た。
ふたりの手には、お揃いの赤い風船が握られていた。

「れもんのおねえさん、こんにちは!」

ここでこんにちは、と返せたらどれだけいいだろう。と、何度思ったかわからない。
今日もわたしは、ふたりに微笑むだけ。

「おねえさん、きょうもしゃしんとってね!」

わたしは大きく頷いて、もちろん撮るよ、と伝えた。
わたしのカメラロールには、ふたりの写真が並んでいる。あまり写真は撮らないものだから、ほとんどこの子たちの写真しか入っていない。
でもこのふたりに出会って、写真もいいものだなと思った。写真を見返して、その日のことを思い出して、クスッと笑ったりする。そんな楽しさを覚えた。

「きょうはなにしよう」
「おねえさんもいっしょにとろうよ!じどり!」
「あー!このまえおにいちゃんがいってたやつう!じどり!ね!れもんのおねえさんもこっちきて!」

ふたりの思うままに手を掴まれる。
土手のてっぺんは、よく陽が当たってぽかぽかと暖かい。
じゃあじどり、するよ?と心の中で言って、わたしはふたりに合わせてしゃがんだ。
両隣に可愛い女の子がふたり。
そーいや、自撮りなんかしたことないなぁ。
わたしは心の中の独り言が多い。
だから色々見逃して──

シャッターを切る前に、「あっ」とひとりが上を見上げた。
ピースしようとした手から、風船が離れたのだ。
気付いた時には手を伸ばしても間に合わなかった。
一緒になって、三人で空を見上げる。赤い風船が電線に引っかかって、空へのぼるのをやめた。
そのまま見上げていると、電柱にとまっていたカラスが電線に飛び乗った。
その拍子に、風船はまた空へとのぼる。

「このままそらにきえたら、おかーさんにとどくかなぁ」

風船を手放した子が、少し涙目になりながら言った。
そうか、この子たちのお母さんはいなかったのか。
声が出なくてよかったと初めて思った。
無意識にふたりを傷つけずに済んだ。
わたしはふたりの髪をそっと撫でてから、もう一度カメラを起動した。
まだ風船も入るよ、と画面を指差して、ふたりに知らせる。

「はやくとらなきゃ!」
「あ、おとーさん!!」
「おとーさんもはやく!このまえにいったね、ほら、れもんのおねえさんだよ!」
「毎日毎日ふたりで出かけると思ったらこんなところに行ってたのか……いつもいつもすみません、ふたりからよく……」
「ほら!ふうせんきえちゃうからはやく!」

急かされて撮った写真はブレブレで。
でもまたひとつ、小さな思い出ができた。