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アプリnovelnove交流による企画。

三題お題小説 竹原ヒロさん

 


「れもん」

×

 変わらず物散るベッドの上。
 昨晩、母から渡されたストレスボールを左手に握りしめながら、右手のスマホ画面を見つめる。
 時間はまだ日曜の十二時半だというのに、私はこの城塞の上でガリバーよろしく地に縛り付けられていた。
 それもこれも全て、閉め切ったカーテンの外から来る轟音の所為である。
 その主は「電柱埋め立て計画」という名でこの五日間に渡って定期的にどんどこと騒いでいた。
 こうなる事は先週知らされてはいたが、いざ我が身となると話は別である。
 昨晩はあんまり眠れなかったから昼寝でもキめようかと思ったのに。うるせぇ。
 逃げるようにスライド式の社会を見つめて、朝から晩まで喚く人たちを達観する。
 事件怖いな、あの新製品は人体への影響あり、温暖化対策、猫画像、新アニメ、そういえばあのアニメの予約ってしてたっけ、まぁいっか。新アニメはリケジョがテーマ、あ、そういえば数IIの課題。
 スマホを雑に除ける。
 左手の感触に心を寄せた。
 それを目の前へと動かし親指と人差し指で挟んで細かい凹凸を味わってみる。
 「何故にレモンの形なのか」
 精巧とは言えない大量生産的な形だがこうやって掌に包んで握り潰すと、不思議とそれなりに安心感を得られる。
 にぎにぎ。むにむに。ころころ。にぎむに。
 例えば、これが地球の形をしていたら某悪人のように征服を果たした気持ちにでもなれるだろうかとこの心地よさに任せて空想を試みるが、生憎、そうした事で満たされる事は無くむしろ虚しさだけが広がっていった。
 にぎにぎ、がやがて定期運動になってからスマホと同じく我が領域から追いやり欠伸を一つ、すると同時に鳴り響く扉の三回ノック。
 「あゆむー。香水知らない?」
 我はベットに繋がれているので「知らん」とだけ返す。
 「もし見つけたら教えてね。出かけてくるから〜」
 トタトタと足音が遠ざかってゆく。
 姿は見えないがこの声のトーンはまた女装でもしているのだろうと私は考える。
 兄は昔からあんな感じだが女性になりたいとは思っていない。曰く、それとこれとは話は別との事だ。
 ただ可愛いのが好きなだけと言っているが、まぁ、奴なりのストレス発散方法なのだろう。
 ……。
 「ゲームでもしよう」

 ×

 飛翔する手榴弾。吹き飛ぶ家屋、罵声。負け。
 百人で気軽に殺し合う戦いの二位を掴み取ったときには四時を指していた。
 一言「くたばれ」と言い放ってボイチャを切るとそれまで気にならなかったのか、また外のコンクリを叩く音が耳についてきた。なんならゲームを始める前よりも大きく感じる。
 人が辛酸を舐め尽くしたというのに、なんでこうも。
 はぁ。
 仕方ないのでベットの対岸に置かれた本棚からラノベを一冊取り出す。久々に読み返す昔気に入っていた話なのだが読み進めると漂うセカイ系の香りに鼻が曲がりそうだった。この主人公の様に閉じた世界に行けたら何て気が楽だろうか。
 騒音も聞こえない、部屋も汚くない理想郷。嗚呼嗚呼。
 本を戻してベットへと帰還すると、ねばっこい疲労感に意識が沈んでゆく。しかし意識が遠のく前に甲高い金属音が私を現実に引っ張り返す。
 ゲームをやる気力も残ってない。
 いらいらする。
 課題。
 その時、私は衝動的に掴んだレモンをカーテン越しの窓に向かって投げつけていた。
 そして黄色い軌道は跳ね返るどころか窓を打ち破り、一軒家の二階から放たれたそれは果汁を撒き散らして「電柱埋め立て計画」に降り注ぐ。
 それは正に爆弾の投擲である。
 呆気に取られた作業員たちは弾ける香りの炸裂に、その身を裂かれて飛び交う肉片は果実と化す。
 リンゴ、オレンジ、バナナ、キウイ、ブドウ。
 赤、橙、黄、緑、紫。
 アップル、オランゲ、バナナ、キウーイ、グレープ。
 窓から身を乗り出した私はその香りの大行進に手を振り送り出した。
 果実たちは等間隔に並ぶ電柱を蛇のように縫ってゆき、その先々で鉢合わせる人間どもも仲間へと加えてゆく。ついでに兄はザクロへと。
 らんらら、らんららるるらら。
 電波塔を乗っ取り、全国へと喜劇のマーチが報じられ人々は畏怖するが、無駄な事。
 町は果汁の海へと変わる。
 電線の上をアリ達が踊りながら祝祭。
 鳥たちは飛び立ちながら囃す。
 やがて果実は
 市を乗っ取り
 県を乗っ取り
 関西を乗っ取り
 国を乗っ取り
 アジアを乗っ取り
 世界を乗っ取り
 地球を乗っとる!
 テレビは果実で泣き喚き、ネットは果実に歓喜する。
 らんらら、ららぱぱ。
 宇宙への侵攻だ!
 フルーツシャトルの発進により水金地火木土天海は消滅の危機を迎える!
 そして太陽は
 太陽は

 太陽は?

 太陽は何かになるんだよ。

 で?

 だから?

 ×
 
 ベッドで寝たまま飛び跳ねると左手の痺れに苛立ちを覚える。
 時計は午後四時を指していて、右手にあったはずのスマホは力尽きて私の横に転がっていた。
 上半身をぐぐぐ、と持ち上げる。
 すると丁度居合わせたかのようにぴんぽーん、と間の抜けた音が聞こえたので自室を出てインターホンへと近づく。
 「はい」
 「どうも。工事が無事終了致しました事を報告させて頂きます」
 「あっ、はい……丁寧にありがとうございます」
 「失礼しましたー」
 インターホンを切って部屋に戻りまたベットへと腰掛けた。しかし、先ほどまでとは違って居心地の悪さを感じた。
 目線の先には場に合わない存在感を漂わせる香水の瓶が一つ本棚に置かれており、私は怠慢とした動作で近づきそっと取る。
 手の中にすっぽり収まるそれはどう見ても高そうであり、何でこんなものにお金を掛けるんだと兄の行動の不可解さにため息が出る。いや、もしくは自分の不可解さに。
 シュッと空中に吹きかけるとフローラルな
 「くっさ!?」
 思わずノックバックして散らばったプリントの一つに足を取られひっくり返る。幸いにも香水を手放す事はなく丁重に本棚に置き直した。
 腰への痛みが耐え難い、しかし私は何よりも臭いに耐えきれず重い足取りながらもカーテンへと近付き、乱雑にスライドし窓を開ける。
 身を乗り出して二、三度咳込んでから外の空気を肺に送り込む。
 何で今日はこんなにも散々なんだと憂いに近い怒りを覚えたが……電柱が無くなって少し広くなった空が見えたら不思議とすぐに行き当たりばったりな怒りは収まってしまった。
 そして消えた電柱と同じくらいの空白が私の心に生まれる。
 情緒不安定かよ。
 ベットに戻る過程でプリントを拾ってゆくと、寝相を打った際に落ちたのであろうストレスボールが目に入ったので掴む。
 にぎにぎ。
 私は開いてない方の窓に向かって軽くそれを投げてみた。しかし、案の定黄色い軌道は窓に跳ね返され、てん、てん、と床に着地する。何故かその一挙一動に変な笑いが込み上げてきた。
 香水の臭いは先ほどの強烈さは薄れ、ほんのりと爽やかな匂いへと変化している。
 プリントを拾い終えたら数IIの課題をやるかと計画した。
 日曜の午後四時二十分頃である。